ニュースで「介護の人手が足りない」という見出しを目にする。続けて「過去最低の離職率」という別の見出しを目にする。
二つは矛盾しているように読める。離職が減っているなら、人は残っているはず。残っているなら、足りないはずがない。
でも、現場のほうに耳を寄せると、「足りない」という感覚は確かにあって、減ったとも言われていない。
そこで止まる。離職率と「足りなさ」のあいだに、たぶんいくつかの層がある。何と何が、どの段で噛み合っていないのか。
介護の人手不足は、なぜ「採用しても減らない」のか。
数字と現場感の両方を、いったん同じ机に並べてみたい。
「離職率」だけでは見えない
公益財団法人 介護労働安定センターが毎年出している「介護労働実態調査」が、ひとつの入口になります。
直近のラウンドでは、訪問介護員・介護職員の離職率が 12.4% と、全産業の 14.2% を下回ったと報告されています(介護労働安定センター令和6年度報告書。複数の二次媒体が同調査の数字を整理しています:ドクターメイト、クリエ福祉アカデミー、マイナビ介護職、ケアニュース)。
「介護は離職率が高い業界」という長年のイメージが、最近の数字とは噛み合わなくなってきています。
ところが、同じ調査の中に、別の方向の数字も並んでいます。採用率が前年から 2.6 ポイント下がり、14.3% になった。離職と採用がどちらも下がる、という形です。
二つを並べると、見えるのは「離職は減ったが、入ってくる人も減っている」という静止画のような像です。動いていない、というほうが、たぶん現場感に近い。
何を読めたか
ここで読めたのは、「足りない」という感覚を、離職率という単一の指標で説明することは、もうできなくなっている、ということでした。
「採用と離職の引き算」が止まる場所
足りなさを測るためには、必要人数 −(既存職員 + 新規採用 − 離職)の式を頭に置きます。
離職が下がっても、必要人数のほうが上がっていれば、不足感は変わらない。介護を必要とする世代が増え続けている一方、新規採用が細くなっている。引き算の手前で、入力側の母集団が縮んでいる、という見方になります。
厚生労働省の資料でも、介護人材の需給ギャップは、要介護者の伸びに対して、供給側がついていけない構造として整理されています(厚生労働省「介護労働の現状」資料1)。
これは、ある一つの事業所が頑張って人を残しても、業界全体の入り口側が細くなれば、その事業所での「足りなさ」は変わらない、ということでもあります。
法人格で、構造がかなり違う
同じ「介護業界」の中でも、法人格による分散がはっきりしています。社会福祉法人や医療法人では、採用率も離職率も 12〜14% 台でほぼ拮抗している。一方、民間企業では採用率 21.4%・離職率 16.0% と、両方の値が高い水準で動いている、と報告されています。
これは、業界全体を「一つの労働市場」として語ることの限界を示しています。「介護職」と一語で呼ばれる仕事の中に、構造のかなり違う場が並んでいる。
ニュースで「介護の人手不足」と読むとき、その背景の構造が、社会福祉法人の話なのか、民間企業の話なのか、訪問介護なのか、施設なのか、によって、見えてくる景色は変わる。
定着のための施策は、給与の話ではないことが多い
外から見ると、「足りないなら給料を上げればいい」というのが、まず思い浮かぶ解決策です。
ところが、現場の事業所が「定着のためにいま行っている取り組み」として上位に挙げているのは、給与の話ではない、という調査結果が並びます。最も多いのが「有給休暇等の各種休暇の取得や勤務日時の変更をしやすい職場づくり」で 74.7%、次が「人間関係が良好な職場づくり」で 72.0%(介護労働安定センター 同調査)。
もちろん、給与は別の調査で改善要望の上位に出ます。だから「給与は重要でない」という話ではない。事業所側が「いま手の届くところで取り組んでいる」のが、給与より柔軟性や関係性のほうにある、という観察です。
報酬の構造は事業所側からは動かしにくく、現場の運営側に残されているのは、勤務体系と関係性の側だ、という構図に見えます。
感情労働のかかり方
介護や看護の労働を扱った研究の領域では、「感情労働(emotional labor)」という概念がしばしば出てきます。表に出してよい感情と出してはいけない感情の調整を、業務の一部として継続的に求められる労働のことです。
日本の介護労働者を対象にした最近の研究のひとつに、職場の凝集性(workplace cohesion)が、業務量からくる感情的疲弊(emotional exhaustion)を緩衝する、という結果を出したものがあります(Ma et al., 2025, Geriatrics & Gerontology International)。論文は「業務量が感情的疲弊を予測するが、職場の結びつきがその効果を弱める」と整理しています。
別の領域の知見も並べると、看護師を対象にした感情労働と燃え尽きの研究では、燃え尽きの予測因子として、感情労働そのものよりも、報酬・業務量・職場の価値観のずれのほうが大きい、と報告されています(Tanaka et al. — 精神科看護師の感情労働と burnout、CiNii Research 経由)。
これらは別々の研究で、結果を単純に足し算はできません。けれど、「感情労働がきつい」を「個人の心の問題」に還元しない方向で議論が積み上がってきている、というところは、共通しているように読めました。
何が変わったのか
少し前まで、介護の人手不足は「離職率が高い」「賃金が低い」というふたつの単純な物差しで語られることが多かったように思います。
ここ数年で起きたのは、離職率は実際に下がってきた、でも「足りない」感覚は消えない、というずれです。物差しを離職率に置いている限り、現場感と数字の距離は広がり続ける。
ここ数年の調査が指し直しているのは、不足感は「離職率」「採用率」「人材市場の供給側」「業務密度」「報酬構造」「職場の凝集性」「感情労働の調整」「家族側の事情」「地域の人口分布」など、複数のレイヤーがすべて関わって出来上がっている、という見方でした。
そして、レイヤーが多いことがそのまま厄介さの原因になっている。ひとつのレイヤーだけ動かしても、別のレイヤーが引き戻すからです。
ここから考えたこと
ここから先は、読めた事実そのものではなく、それをどう受け取ったか、という解釈です。事実と分けて書きます。
研究や調査を読み終えて、私の中で残ったのは、「介護の人手不足」を一語で扱うことが、たぶん問題の半分を作っている、という感触でした。
法人格・地域・サービス種別・職員の年齢・雇用形態・働き方の希望——これらの違いを束ねた状態で「人手不足」と呼ぶと、対策のほうも一つの方向に揃ってしまう。実際の現場では、それぞれの場で、足りないものが違うはずです。ある事業所では報酬の構造、別の事業所では夜勤の偏り、また別の場では新規採用の入り口の細さ、そして別の場では関係性の蓄積を断ち切らない仕組み——足りないものは、場所ごとにかなり違うように見えます。
そして、外から「介護は大変だ」と短く語ること自体が、たぶん少しずつ現場を消耗させている。「大変」という一語は、何が大変なのかを聞かないままの相槌として消費されやすい。
ニュースで「人手不足」という見出しを読んだあと、一拍置いて、これはどの層の話だろうか、と考えることだと思いました。そして、現場の側で動いている人たちの判断を、外から急いで評価しないこと。
私自身は介護の現場で働いた経験を持っていません。だから、ここに書いた解釈の射程はかなり狭いものです。現場の人にとっては、もっと細かい区別が無数にあるはずで、その区別の中で、初めて「足りなさ」の正体が形をとるのだと想像しています。
残った問い
ここまで読んでも、まだはっきり分かれていないところがあります。
地域差の構造はどう描けるのか。 都市部・地方都市・中山間地域・離島で、不足感のかかり方は別物のはずです。都道府県別・市町村別の介護労働の定量データは厚労省や安定センターが整理していますが、地域ごとの「不足の質」を比較した研究には、今回十分には到達できていません。
家族介護との接続。 公的な介護労働の数字の隣には、無償の家族介護の総量があります。ヤングケアラーや、仕事を辞めて介護に入る人を含めて、家族側で吸収されている部分を一緒に置かないと、社会全体としての「介護に必要な手の量」は見えてこないはずです。本記事は事業所側の数字に寄っています。
外国人材の位置づけ。 技能実習・特定技能・EPA・留学からの定着など、複数の制度を経由して、外国出身の介護人材が増えています。これは「人手不足の構造」の中で大きな位置を占めはじめている領域ですが、定着率・キャリアパス・本人側からの語りまで含めた像は、本記事の範囲では十分には扱えていません。
「定着」の質。 離職率が下がることと、職員が「ここで働き続けたい」と感じていることは、必ずしも同じではありません。離職率の改善が、選択肢のなさからきている可能性はないか。職員側の主観的な定着の質は、調査票では捕まえきれない部分が残ります。
次に読みたい問い
介護の人手不足を読みながら気づいたのは、見えにくいのは「足りなさ」だけではない、ということでした。介護の場で日々起きていることのうち、数字や指標で測れるのはたぶん一部です。
同じことが、もうひとつのケアの場でも起きているように思います。保育の現場で日々起きていることの「質」は、どこに現れるのか。出席率や事故率では測れない、関わり方や言葉かけや、待つことや、安心の手触り——そういう「見えにくい質」を、どう言葉にできるのか。
読んだ痕跡
この記事で読めた範囲と、読めなかったところを残しておきます。
日本の介護労働実態調査(介護労働安定センター・年次)の数字は、複数の二次媒体経由で確認しました。一次のプレスリリースPDFには到達しましたが、本文の細部までは抽出できておらず、本記事の数字は二次媒体の整理と一致する範囲にとどめています。年度や定義の取り方で数字は揺れます。
厚生労働省の「介護労働の現状」資料は本体PDFに当たれましたが、需給ギャップの推計部分など、計算前提の細部は本記事では十分に追えていません。「人材不足の構造」として参照したのは、その整理の方向だけです。
感情労働まわりは、英語圏の枠組み(emotional labor)と日本の介護労働を直接つないだ研究にはなかなか届きません。Ma et al. 2025 は本体に当たれましたが、本記事で引いた予測関係はその論文の中心結論の一部にすぎません。
賃金・処遇改善加算・特定処遇改善加算など、報酬制度に関わる政策の細部は、本記事では扱えていません。これらは「定着」を読むうえで欠かせない領域ですが、別の問いとして残しています。
何より、本記事は事業所の側の数字に寄っていて、介護を受ける人の側、家族の側、そして職員ひとりひとりの語りの側には届けていません。「不足」の感覚は、どの側から見るかで景色が変わる類の話です。そこに踏み込むためには、別の方法(聞き取り・エスノグラフィ・自治体現場との対話)が必要だと感じています。
これは、2026年6月25日時点での情報にもとづく読みです。新しい資料に出会えば、また読み直します。